安 眠
2時頃に地震警報の音でいったん目覚めましたが, 揺れは震度2前後の体感.
すぐに寝直して, 起きたら11時前.
枕を替えたせいか, 安眠しました.
朝方, 長い間見たことがなかった山形県在住だった母方の祖父母が出てくる夢を見ました.
起床後, 外を見ると, 今日も曇り空.
蔵王にトレッキングに行こうと考えていましたが, 見送りました.
酒田の夏の思い出
母親の出身である山形県酒田市には, 幼稚園から小学生時代, 毎年夏休みに帰省していました.

母親の実家が『日和山公園』の中にありました.
今, 考えると, なぜ, 公園の中に家があったのか, よくわかりません.
祖父が, 市職員や市会議員を務めていたので, 特例だったのかどうか・・・
今では, きれいに整備されていますが, 当時は『灯台(旧酒田灯台)』くらいしかなかったと記憶しています.
朝, 起きると, 日和山公園の中でラジオ体操が行われており, カードを首から提げて, 地元の小学生と一緒に体操した後, スタンプをもらいました.

また, そのまま, 伯父や従弟と朝の散歩として, 『山居倉庫』まで歩いて行き, 帰り道で伯父にアイスを買ってもらったりしました.
日和山公園を出て, 坂道に出るとすぐに料亭『瞰海楼(かんかいろう)』がありました.
映画『おくりびと』で, 葬儀社に使われた建物です.
入ったことはありませんでしたが, コンクリート造の外観が特徴的だったので, よく憶えています.
現在は, リノベーションされて, 『日和山小幡楼』という観光拠点になっています.
母の実家のすぐ近くに神社(『日枝神社』)がありました.
神主さんがいない神社だったので, 境内でかくれんぼや虫捕りなど, 弟や従弟達とよく遊びました.
また, すぐそばに『海向寺』というお寺がありました.
お堂には, 即身仏が奉られており, 夜, かがり火が焚かれている中で見に行くのも恒例行事でした.
(調べたところ, 『あわしま観音夜会式』といって, 8月1日〜3日の期間限定の行事だったようです.)
子供心に怖くて, ちらっとしか見られませんでした.
実家から見える酒田港に沈むきれいな夕陽が, セミの鳴き声と共に強く記憶に残っています.
仙台では, 夕陽が海に沈む光景は見ることができなかったからでしょう.
夏休みの絵画の宿題の題材としても描いたことがありました.
当時, ご飯は竈で炊いていたので, 夏休みの竈炊きご飯が自分達孫の仕事でした.
日和山公園は, 松の木が多く生えており, 枯れた松葉で火興ししてから, 薪をくべてご飯を炊きました.
夕食のおかずのごちそうは, 甘エビのお刺身とむきそばでした.
当時, 甘エビ(山形では, 紅エビと呼ばれます)の刺身は, 仙台などの太平洋側で食べたことはなく, 母の実家に行ったときにしか食べられませんでした.
ずらりとお皿に並べられた甘エビをたくさんいただきました.
また, 鶏と椎茸の出汁で取られた冷えたつゆに浸されたそばの実であるむきそばも母の実家でいただくご馳走でした.
夏休み期間中には, 『港まつり』というお祭りがあり, 花火大会も開催されていました.
祖父や祖母と出かけて, 出店でなんかを買ってもらった記憶があります.
夕食は39年ぶりの『ステーキ宮』
会津若松に住んでいるこどもが夏休みの旅行を終えて, 帰省.
会津若松に戻る前に一緒に夕食を摂ることに.
今晩は, 家で焼肉の予定でしたが, 会津若松に戻るのが遅くなるので, 外食に.
牛肉の口になっていたので, 『ステーキ宮』に行くことになりました.
17時に到着.
早い時間だったので空いていました.

学生時代, 500円の宮ランチには大変お世話になりました.
牛焼肉とメンチカツがプレートに載っていて, 自分でタレをかけた後, 紙シートを被せて, 蒸し焼きにするスタイルでした.
また, ご飯が無料でお代わりできました.
同級生達と週1−2回は行っていました.
医学部の同級生が, アルバイトとしてホールで働いてもいました.
あれほど通ったのに, 大学卒業後は来たことがなく, おそらく39年ぶり.
ハンバーグが食べたかったので, 『宮ハンバーグ+カットヒレステーキ』にしました.
『宮のたれ』の味は, 昔と同じでした.
その後, こどもは会津若松に戻っていきました.



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