大腿骨頚部骨折のうち, 私が経験したような骨折した部分がズレていない非転位型(Garden stage IまたはII)であれば, 手術をしなくても, 安静を保っていれば(手術しない治療法のことを, 『保存治療』や『保存療法』といいます), 自然に骨がつながって治るのでしょうか?
日本のガイドライン
『大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)』には, 『非転位型大腿骨頚部骨折に対する保存治療』として, 『保存治療では, 偽関節発生率が高いので, 全身状態が手術に耐えうる症例には保存治療は行わない方がよい』と記載されており, 手術治療を勧めています.
その根拠としては, システマティックレビュー(学術文献を系統的に検索・収集して, 類似する内容の研究を一定の基準で選択・評価を行う研究)であるHandoll HHJ, Parker MJ. Conservative versus operative treatment for hip fractures in adults (Review). Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jul 16: (3): CD000337.2008.を挙げており, 『非転位型大腿骨頚部骨折例では, 手術治療によって偽関節のリスクが減少した』と記載されています.
非転位型大腿骨頚部骨折のシステマティックレビュー
実際にイギリスのエジンパラ王立病院整形外科のHandoll先生とピータールーアンドスタンフォード病院整形外科のParker先生の共著となるこのシステマティックレビューを見てみると, 以下のように記載されていました.
上図のAnalysis 1.1は, 非転位型大腿骨頚部骨折に対して, 保存療法と内固定(器械で骨折部位を留める手術療法)を行った結果, 骨折した部分がつながらなかった(偽関節を生じた)という研究結果を分析したものです. これによると, 保存療法では, 16人中10人で偽関節を生じたのに対して, 手術療法では, 偽関節を生じたのは10人中ゼロであり, リスク比は9.88でした. つまり, 保存療法は, 手術療法に比べて, 偽関節を生じる危険性が約10倍高くなるという意味になります.
非転位型大腿骨頚部骨折の無作為化比較試験論文
ただし, その根拠として取り上げられていたのは, 以下の1編の抄録だけでした. Hansen FF. Conservative vs surgical treatment of impacted, subcapital fractures of the femoral neck [abstract]. Acta Orthop Scand. Suppl 1994. 256. 9.
実際にこの抄録を探したところ, 1992年10月にコペンハーゲンで開催されたデンマーク整形外科学会(上記)で発表された演題の抄録でした. PubMed®では見つけられず, リンクを張れないので, 以下に全文を引用掲載します.
デンマークのヘアレウ病院整形外科のHansen先生が, デンマーク国内の整形外科学会で発表された演題の抄録になります. 抄録の内容は,『陥入型の非転位型大腿骨頚部骨折に対する保存療法とDynamic Hip Screwによる手術療法の前向き無作為化比較試験を1987年から1990年にかけて実施した. 23(男性3, 女性20)人の患者さんのうち, 7人は骨接合手術を行って, 6人が合併症を起こさずに治癒したが, 1人が22ヶ月後に大腿骨頭壊死を生じて, 人工骨頭挿入術を行った. 16人は手術を行わずに保存的に治療したが, 10人で骨折部が転位したため, 8人で人工骨頭挿入術を要した. 1人は再度骨接合術を, 1人は全身状態が悪く, 手術できなかった. 1人で細菌感染のため, 人工骨頭を抜去した. 骨折部が転位した10人中8人は, 2-9日以内に転位が生じており, 1人は31日目, 1人は35日目に転位を生じた. 保存療法で骨折が治癒した6人は, 年齢が中央値69(59-80)歳で, 転位を生じた患者の年齢(中央値82(78-94)歳)より若かった. 結語としては, 陥入型の非転位型大腿骨頚部骨折には, 最初から骨接合術を行った方が有利である. 』
以上の抄録のポイントは, 『陥入型の非転位型大腿骨頚部骨折の保存療法中に16人中10人(62.5 %)と過半数で骨折部が転位したので, 8人対して人工骨頭挿入術を要した. 』となります. つまり, 保存療法による偽関節の発生頻度については検討しておらず, この論文を根拠としたガイドラインの『保存治療では, 偽関節の発生率が高い』という記述や, システマティックレビューの『非転位型大腿骨頚部骨折例では, 手術治療によって偽関節のリスクが減少した』という記述は正しくありません.
非転位型大腿骨頚部骨折のメタ解析論文
また, 『大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)』では, 1編のメタ解析(ある程度似ている研究の複数の結果を統合して, ある要因が特定の疾患と関係するかを解析する統計手法)の研究論文について, 『非転位型大腿骨頚部骨折に対して保存療法を行ったメタ解析(9編, 平均年齢71.6歳, n=1,033)では, 再転位あるいは偽関節202例[19.6 %(95 % CI 17.7〜22.1)]であった. 』と記載されています.
上記のメタ解析の研究論文は, イギリスのピーターバラ地域病院外傷・整形外科のConn先生の研究論文です.(Conn KS. Undisplaced intracapsular hip fractures: results of internal fixation in 375 patients. Clin Orthop Relat Res. 2004. 421. )
上の表(TABLE 2.)は, 非転位型の大腿骨頚部骨折に対して, 保存療法を行った過去の研究論文9編の結果をまとめたものです. 患者さんの総数は, 1,033人で, 1年以内の死亡が25人, 骨折部の転位または偽関節を生じたのが202人(19.6 %), 大腿骨頭壊死を生じたのが29人(2.8 %)で, 大腿骨頚部骨折の保存療法の成功率(Survival Rate)は, 77.4 %でした.
上の表(TABLE 3.)は, 非転位型の大腿骨頚部骨折に対して, 内固定(手術療法)を行った過去の研究論文12編の結果をまとめたものです. 患者さんの総数は, 1,887人で, 1年以内の死亡が119人, 骨折部の転位または偽関節を生じたのが81人(4.3 %) 大腿骨頭壊死を生じたのが41 人(2.2 %)で, 大腿骨頚部骨折の手術療法の成功率(Survival Rate)は, 92.9 %でした.
以上の結果を比較すると, 保存療法後1年以内に骨折部の転位または偽関節を生じた割合19.6 %は, 手術療法後の4.3 %に比べて明らかに多いという結果でした(p<0.0001で統計学的有意差あり).
この結果からは, 非転位型大腿骨頚部骨折に対しては, 保存療法を行うと骨折部が転位したり, 偽関節を生じたりする危険性が明らかに高いので, 手術療法を選択した方が良いと言えると判断します.
外反陥入型大腿骨頚部骨折のメタ解析
では, 非転位型大腿骨頚部骨折のなかで, 自分が負った外反陥入型の大腿骨頚部骨折に限ると, 手術療法と保存療法との間に差はあるのでしょうか.
ここでは, ニュージーランドのクライストチャーチにあるオタゴ大学整形外科学・筋骨格医学のVidakovic先生が外反陥入型の大腿骨頚部骨折の手術療法と保存療法を比較するメタ解析を行った研究論文Vidakovic H. Valgus-impacted subcapital neck of femoral fracture: a systematic review, meta-analysis with cost analysis of fixation in-situ versus nonoperative managemente. HIp Intern. 2024. 34. を紹介します.
2022年7月までの英語の研究論文を検索した結果, 採用条件に該当した47編の研究論文を解析しました.
その結果, 外反陥入型の大腿骨頚部骨折に対する保存療法と手術療法との間で差があったのは, 転位(上表Table 2. のDisplacement)だけで, 保存療法では, 転位が24.7 %で生じたのに対して, 手術療法では3.15 %と明らかに少ないことが判りました(p=0.04). 大腿骨頭壊死, 死亡, 再手術, 偽関節の発生率には差がありませんでした.
以上の結果から, 私のような外反陥入型の大腿骨頚部骨折であれば, 転位に十分に注意を払いながら保存療法を選択することは可能と判断します.
私は, 骨折部が後で転位して, 結局手術することになって, 治療期間が長くかかるのが許容できなかったので, 手術を受ける方を選択しました.
大腿骨頚部骨折を手術するかどうかで迷っている方は, 以上の研究結果を参考にしていただければと考えます.
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