手術前も仕事
通常, 大腿骨頚部骨折を受傷すると, その瞬間から歩行不能となり, 救急車で搬送され, そのまま入院・手術待機という流れが一般的です.
しかし私の場合は少し特殊でした.
手術当日にも通常業務が入っていたため, 朝8時から病棟回診をこなし, 74人の入院患者さんを確認しました.
外来に向かおうとしたところ, 入院予定の病棟看護師から
「先生, バイタルを取らせてください」
と声をかけられました.
体温・血圧・酸素飽和度はいずれも問題なく, 手術当日でも普段通りに診療をこなせることに安心を覚えました.
この日の外来診療は, 13人だけでした.
昼過ぎには自分が執刀する予定の患者さんとご家族に手術説明を行いました.
松葉杖姿の私を見た患者さんとそのご家族から
「先生, 大丈夫ですか?」
と心配の声をいただきました.
「実は私も今日, XXさんの手術を終えた後に自分の手術を受けます」
と正直にお伝えすると, 驚きと共に温かい言葉をかけていただきました.
手術を受ける
朝から飲食していませんでしたが, 空腹感も不思議と少なく, 不安や緊張よりも「全身麻酔はどんな体験なのだろう」という医師としての興味が勝っていました.
手術部でスクラブ(手術用の着物)に着替えて, 14時半に自分が執刀した手術を終えた後, 自分の手術が始まります.
スクラブを脱いで, 裸になって, 用意されたストレッチャーに自分で寝ました.
左腕の静脈に点滴を確保され, 心電図・血圧計・酸素モニターが装着されてました.
心拍数はいつも通りの60前後.
自分でも驚くほど落ち着いていました.
麻酔科医から
「スッキリ目覚めとドロドロ目覚め, どちらにしますか?」
と問われ, 迷わず
「スッキリで」
と回答.
静脈麻酔薬『プロポフォール』を注入されて, 意識が途絶えました.
手術後に入院
目が覚めると, 右ふともも前方のしびれと感覚が鈍くなっているのと, ふともも外側の違和感と突っ張り感を自覚しました.
「予定通り, 大腿神経ブロックが行われて, 右大腿筋膜と外側広筋が切られたんだな」
と理解しました.

喉の奥の気管支に細い管を差し込みますが. その管によって喉の痛みや声が枯れたりすることがあります.
引用元:Mazzotta E. Postoperative sore throat: prophylaxis and treatment. Front Pharmacol. 2023. 14.
「痛くないですか?」
と麻酔科の医師に聞かれたので,
「痛くないです」
と答えましたが, 喉に違和感とかすかな痛みがあり,
「これが挿管(全身麻酔の時に気管に管を入れること)後の感じか」
と納得しました.
後輩医師から, X線透視装置のテレビモニターをプリントアウトした紙を見せられて,
「無事, 終わりました. これです.」
と告げられました.
自分でも無事に器械が大腿骨に入っているのを確認しました.

牽引手術台からストレッチャーに移されて, 放射線部に移動しました.
手術後のX線写真の撮影時に, 自分で動いたら,
「先生, 動きすぎです」
と看護師さんに注意されました.
病棟に上がって, 待機していた妻に
「無事, 終わりました」
と自分で報告してから病室に入って入院しました.
ベッドに移されて, 胸には心電図の電極が貼られて, 指先には酸素飽和度計が着けられて, 右脚にはフットポンプ(脚の血管(静脈じょうみゃく)の中に血栓(けっせん=血液の塊)ができないように一定の間隔で空気圧で脚を締めつけることによって, 血管の中の血液の流れが停滞しないようにする器械)が巻き付けられました.
看護師さんからナースコールのボタンと自分のiPhoneを渡されて, 時計を見ると17時前でした.
カバンの中に入れておいたお茶のペットボトルをオーバーテーブルに載せてもらい,
「19時半から飲水してよいです. 夜ご飯はどうしますか?」
と聞かれたので,
「夜ご飯は要らないです」
と答えました.

頭を持ち上げて枕元にあったベッドサイドモニター画面を見て, 異常がないのを確認して, ついでにiPhoneで撮影しました.
キズの痛みと『アセリオ』の効果
ウトウトして, 目が覚めてを繰り返して, 19時過ぎになると, 右ふとももがちょっと痛くなってきましたが, 後輩医師が鎮痛薬『アセリオ(アセトアミノフェン注射薬)』を19時, 23時, 6時の定時で点滴するようにオーダーしていてくれたので, ナースコールを押さないで済みました.
アセリオをつなぎに来た夜勤の看護師さんに今日自分が手術した患者さんの具合を聞くと,
「もう, 夕ご飯を食べて, 歩いてトイレにも行っています. 出血もないです」
とのことで安心しました.
アセリオの点滴が始まると, 30分位で右ふとももの痛みがすーっと引いてくるのが分かり, アセリオの効果を初めて実感しました.
起き上がって, お茶を飲んでみると, 嘔気はなく, 普通に飲めましたが, 喉にはやはり違和感がありました.
23時ごろ, 痛くなってきた頃にまたアセリオを入れてもらい,
「これからは自分が手術した患者さんにもアセリオを定時で使おう. 」
と決めました.
こうして初めての全身麻酔と自身の骨接合術を, 医師兼患者として体験した一日は静かに幕を閉じました.


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