大腿骨頚部が骨折しうる外力
大腿骨頚部に, どれくらいの力が加わると大腿骨頚部は骨折するのでしょうか.
ここでは, 大腿骨頚部骨折の生体力学についてドイツのムルナウにあるムルナウ医療救急クリニック生体力学研究所のAugat先生がまとめた総説論文(Augat P. Biomechanics of Femoral Neck Fractures and Implications for Fixation. J Orthop Trauma. 2019. 33.)を紹介します.
- 股関節にかかる負荷は, 人体で発生する負荷の中でも最大です.
- これらの負荷は、外力と内力によって発生しますが, 股関節の外力は, 主に, 歩行, 走行, またはジャンプ中の足と地面の相互作用によって生成され, いわゆる地面反力 (GRF) と呼ばれます.
- 片足で立っているとき, GRFは体重を反映し, 体重 (BW) の倍数で測定されます
- 通常の速度での平地歩行の場合, GRFは130 %BW未満に留まりますが, 走行中は力が300 %BW以上に増加し, ジャンプなどの衝撃の強い活動では最大5倍のBWに達することがあります.
- これまでに文献で報告されている股関節の接触力は, BWの500%を軽く超え, 日常活動中に4,000~5,000 Nもの負荷がかかる可能性がありますが, 健康な人では通常, 自然骨折は発生しません.
- 大腿骨頚部骨折は, 通常, 股関節が屈曲しているときに, 大腿骨骨幹部軸に沿った垂直衝撃時に発生します. また, 大転子への横方向からの衝撃や脚に作用するねじりモーメント, 一般的には股関節が外転するとき, 荷重が股関節に伝わるときに発生することもあります.
- 股関節の垂直荷重によって大腿骨頚部に曲げモーメントが生じ, その結果, 大腿骨頚部の上面に張力が生じて, 頚部の下位部分に圧縮が生じます. したがって, 垂直方向の過負荷時に骨折が発生する最も一般的な部位は, 大腿骨頚部の骨頭下領域の上側面です.
- 一方, 垂直方向の衝撃とは対照的に, 大転子への横方向の衝撃は, 大腿骨頚部に圧縮荷重をもたらします. 横方向の落下によって大腿骨頚部の破壊を誘発するために必要な力は, 垂直衝撃荷重の場合に比べて大幅に小さくなります (下表Table 1.). 横方向に転倒した際に生じる骨折は, 多くの場合, 頚部基部骨折, さらには転子部です.
- 大腿骨頚部骨折を生じる外力は, 垂直方向(上表Table 1.のStance)では, 7,900〜13,200 N(ニュートン = 力の単位. 1 Nは1 kgの質量を持つ物体に1 m/s(毎秒1m)の加速度を生じさせる力)であるのに対して, 横方向(上表Table 1.のFall)では, 3,100〜7,200 Nであり, 垂直方向の1/4〜1/2以下の小さな外力で大腿骨頚部骨折を生じます.
以上から, 私が大腿骨頚部骨折を受傷した時には, 右下に転倒して大転子を強打した際に, 大腿骨頚部に3,100〜7,200 N以上の横方向の圧縮荷重が生じて骨折したことになります.
私の大腿骨頚部にかかった外力の計算
ここから物理の話になりますが, 速度v(m/s)の非圧縮性物体が, 衝突によって停止(v=0)したときの衝撃力F(N)は,
F = Mv/t
と表されます. Mは質量(kg), tは衝突時間(s)です.
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私が転倒した時の滑走ログを見ると, 転倒直前に時速43.6 km/h(= 秒速12.1 m/s)の速度で滑走していました.
自分の体重は, ウエアを含めて67 kg, スキー用具が9kg(スキー板4.5 kg, スキーブーツ4 kg, ポール0.5 kg), その他の荷物(カメラ等)が1 kgとすると, 総重量(質量)は77 kgぐらいでした.
衝突時間については, 様々な密度の雪の塊4 kgを受圧板に衝突させた際の衝撃力を調べた研究論文(庄司淳. 高密度雪塊の衝撃力特性と破壊過程. 雪氷. 2007. 69.)を参照します.
この論文よると, 締まり雪(密度200−500 kg/m3)でも, 氷(密度910 kg/m3)でも, その中間のアイスバーンでも, 秒速11 m/s(=時速39.6 km/h)でぶつかったときの衝突時間は, 0.04 s(秒)以下でした(上図 1). この図1. を見ると, 雪の塊の密度が高くなるにつれて, 衝撃力が大きくなる比例関係が認められます. 特に, 氷(密度910 kg/m3)では, 衝撃力は約60 kN(=60,000 N)と非常に大きくなっています.
逆に考えると, 氷の塊に, 時速40 km/hのスピードでぶつかったときの衝撃力は, 大腿骨頚部骨折を生じる外力の10〜20倍程度に達すると言えるかと思います.
以上より, 転倒時に私の大腿骨大転子部に加わった外力(衝撃力)を計算して求めると,
F = 77 kg x 12.1 m/s /0.04 s = 23,292.5 N
となり, 大腿骨頚部骨折を生じうる外力(3,100〜7,200 N)の3〜7倍程度の衝撃力が加わって骨折したことになります.
転倒時は, 右大腿骨大転子部をほぼピンポイントで雪(氷)面に打ち付けたので, 転び方が悪かったといえます.
逆に, 同じ体重条件で3,100 N以上の力が大腿骨転子部に加わって骨折する可能性がある滑走速度を求めると,
v = Ft/M = 77 x 0.04/3,100 = 1.6 m/s (5.6 km/h)
となりますので, 速歩き程度のスピードでも打ち所が悪いと大腿骨頚部骨折を生じうることになります.
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